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アクティビスト紹介_エフィッシモ・キャピタル・マネジメント

6件目。

日本での存在感はピカイチですね。

東芝への活動が有名です。

 

日本企業に投資するアクティビストをGeminiと紹介するシリーズです。

その他アクティビスとは?みたいなことも含めてこちらでまとめています。

 

それではさっそくいきましょう。

 

 

 

 

 

【徹底解剖】アクティビストファンド「エフィッシモ」の実像:旧村上ファンドの系譜と日本企業に突きつける「変革」



エグゼクティブ・サマリー

 

本レポートは、シンガポールを拠点とするアクティビストファンド(物言う株主)、エフィッシモ・キャピタル・マネジメント(Effissimo Capital Management Pte. Ltd.)の実像について、その設立背景、投資戦略、主要な介入事例、そして日本市場に与える影響を包括的に分析するものである。

エフィッシモは、2006年に旧村上ファンド(MACアセットマネジメント)の元メンバーによって設立された 1。彼らは、旧村上ファンドの「株主価値の最大化」という核となる思想(DNA)を受け継ぎつつも 3、その手法を根本的に進化させた。旧村上ファンドが「短期的」かつ「敵対的」と批判され、最終的に法的・社会的な反発を招いた失敗 2 を教訓に、エフィッシモは「長期保有」 3 と「建設的な対話」 3 を戦略の前面に押し出している。

しかし、その穏やかな表層とは裏腹に、彼らの活動は極めて強力かつ戦略的である。東芝の事例では、株主提案を通じて日本のガバナンス史に残る「歴史的勝利」を収め、経営陣の不正を暴き、最終的な非公開化への道筋をつけた 4。一方で、川崎汽船の事例では、市場で静かに株式を買い進める「クリーピング・テイクオーバー」により、経営の最重要事項に対する「拒否権」を掌握し、取締役の派遣に成功した 4

本レポートは、エフィッシモが単なる「物言う株主」ではなく、日本のコーポレートガバナンス改革という大きなうねり 3 を巧みに捉え、企業の経営中枢に静か、かつ強力に影響を及ぼす「進化したアクティビスト」であることを、具体的なデータと事例に基づいて解明する。

 

第1章:エフィッシモ・キャピタル・マネジメントとは何者か

本章では、エフィッシモの基本的なプロファイルと、その設立背景に深く刻まれた「村上ファンドのDNA」について解説する。

1.1 ファンド概要:シンガポール拠点の「インサイダー」

エフィッシモ・キャピタル・マネジメントは、2006年にシンガポールで設立された投資ファンドである 1。アジアの金融ハブであるシンガポールに本社を置いている 1

設立年である2006年というタイミングは、偶然ではない。これは、創設者たちの前職である「村上ファンド」(MACアセットマネジメント)が、代表の村上世彰氏のインサイダー取引容疑による逮捕 2 によって、事実上の崩壊を迎えた年と一致する。

日本国内での活動が困難となった彼らが、活動拠点としてシンガポールを選んだことには、極めて戦略的な意図がうかがえる。シンガポールは、(1) アジアの主要な金融ハブであり、欧米の機関投資家から巨額の資金を集めやすい基盤があること 7、(2) 日本市場へのアクセスが容易であること、(3) 法的・税制的な安定性が高いこと、といった利点を持つ。

何よりもこの選択は、彼らに「法的にはアウトサイダー(外国人投資家)」でありながら、日本企業の慣習や市場の機微を熟知した「インサイダー」 7 として振る舞うことを可能にする、戦略的に極めて有利なポジショニングをもたらした。

 

1.2 創設者と「村上ファンドのDNA」

エフィッシモは、旧村上ファンド(MACアセットマネジメント)出身の今井陽一郎氏 2 ら3名によって設立された 1。代表ディレクターである今井氏は、2002年に大学を卒業後、日興アセットマネジメントを経て2004年にMACアセットマネジメントに入社、村上氏の逮捕という激動の2006年に独立を果たしている 2

この経歴から、エフィッシモは「旧村上ファンドのDNAを最も色濃く受け継ぐファンド」の一つと評されている 3。そのDNAとは、日本企業に根強く残る非効率性、すなわち「企業が保有する純資産の価値よりも株価が低い($PBR$1倍割れ)状態」や、「過剰な内部留保(現預金)」 3 に着目し、それらを解放して株主価値の向上を経営陣に迫る、という基本思想である。

しかし、エフィッシモは旧村上ファンドの失敗から決定的な教訓を学んでいる。旧村上ファンドは、短期間で利益を追求する「敵対的」なイメージが先行し、メディアや経営者、世論の強い反発を招いた 7

エフィッシモは、この轍を踏まないために、意図的に正反対とも言えるアプローチを採用した。それが「長期保有」 3 と「対話重視」 3 の姿勢である。日本の経営陣やメディアから「ハゲタカ」「短期的な利益追求」 7 といった批判をかわし、「日本企業のガバナンスを本気で改善しようとする、忍耐強いパートナー」という建前を構築することに成功した。彼らは、村上氏が日本に持ち込んだ「物言う株主」という概念の「志」は引き継ぎつつ、その手法を「短期的・敵対的」から「長期的・建設的」へと進化させたのである。

 

1.3 【用語解説】旧村上ファンドとは?

旧村上ファンド(正式名称:MACアセットマネジメントなど)は、2000年代前半の日本において、「物言う株主」として初めて広範な注目を集めた投資ファンドである。元通商産業省(現・経済産業省)の官僚であった村上世彰氏が率いた。

彼らの基本的な手法は、企業の「解散価値」(会社を清算した際に株主に分配される資産価値)よりも時価総額(株価)が著しく低い、いわゆる$PBR$(株価純資産倍率)が低い企業に狙いを定め、株式を大量に取得。その後、経営陣に対して資産の売却、過剰な現金の配当、自社株買いなどを激しく要求した。

当時の日本企業の多くは、株式の「持ち合い」(企業同士が互いの株を持つこと)や、株主よりも経営者や従業員を優先する伝統的な経営慣行に安住していた。旧村上ファンドは、こうした「株主軽視」の姿勢に初めて公然と異議を唱え、日本市場に「コーポレートガバナンス」や「株主価値」という概念を浸透させるきっかけを作った。しかし、その強引な手法は多くの摩擦を生み、最終的には2006年のインサイダー取引事件 2 により、その活動は終焉を迎えた。

 

第2章:エフィッシモの投資戦略と活動手法

本章では、エフィッシモが具体的にどのような戦略で企業に影響力を行使するのか、その「武器」と「流儀」を解明する。

 

2.1 【用語解説】アクティビスト(物言う株主)とは?

アクティビスト(Activist)は、日本語で「物言う株主」と訳される。これは、特定の企業の株式を一定量(多くの場合$5%$以上)保有し 8、その「株主」という立場を最大限に利用して、投資先企業の経営陣に対して積極的に提言や要求を行う投資家(ファンド)を指す。

彼らの目的は、自らの提案によって投資先企業の「企業価値(=株価)」を高め、保有する株式の値上がり益(キャピタルゲイン)を得ることにある。

具体的な活動としては、経営陣との面談(対話)から始まり、書簡の送付、公の場でのキャンペーン、さらには「不採算事業からの撤退や子会社の売却」 3、「取締役会の構成変更や社外取締役の増員」 3、増配や自社株買いの要求など、多岐にわたる。ジャパンディスプレイの再建において「圧力」をかけた事例 10 や、日本企業のガバナンス改善を目指す提案 7 などがこれにあたる。

 

2.2 エフィッシモの流儀:「対話」と「長期保有」の戦略的意味

エフィッシモの戦略の核は、「長期保有を基本とする投資姿勢」 3 と、「対話を重視した漸進的な経営改善要求」 3 という二つの柱にある。これは、短期的な株価上昇のみを狙う他の多くのアクティビストとの、明確な差別化要因となっている。

「長期保有」を宣言することは、「我々は投機家(スペキュレーター)ではなく、企業の持続的成長 7 を願う、腰を据えたステークホルダー(利害関係者)である」という強力なメッセージとなる。これにより、経営陣との対話のテーブルにつきやすくなる。

しかし、この「対話」は単なる紳士的な協議を意味するだけではない。これは、より強硬な手段に訴えるための「大義名分」を構築する、極めて戦略的なプロセスである。まず経営陣との水面下での「対話」 3 から入り、そこで自らの提案(例:ガバナンスの改善、不採算事業の売却)を行う。

もし経営陣がこの「建設的な対話」を拒否、あるいは無視した場合、エフィッシモは初めて「やむを得ず」より強硬な手段(=株主提案)に打って出ることになる。このプロセスを経ることで、彼らは「我々は対話を尽くしたが、経営陣が聞く耳を持たなかったため、他の一般株主の信を問う」という、論理的かつ道義的な優位性を確保することができる。

「対話重視」の姿勢は、その後の「株主提案」や「委任状争奪戦」といった強硬策の正当性を高めるための、極めて重要な戦略的プロセス(布石)なのである。

 

2.3 標的(ターゲット)の選定基準

エフィッシモが投資対象として選定する企業には、明確な共通点がある。

  • 日本の中堅企業が中心 3
  • PBR(株価純資産倍率)1倍割れ 3
  • 豊富な現預金や政策保有株式(他の企業の株式)を保有 3
  • 上記のリソース(資産)を効果的に活用できていない 3

PBR1倍割れとは、極論すれば「会社を今すぐ解散して、保有する資産(土地、建物、有価証券など)をすべて売却し、株主に分配した方が、現在の株価でいるよりも儲かる」という状態を指す。

エフィッシモは、こうした「経営陣が、会社が持つ本来の価値を毀損している(=株価を低迷させている)」状態の会社を、介入によって価値を引き出せる「宝の山」と見なす。彼らの仕事は、経営に介入して、その「隠れた価値」を株価に反映させることである。

 

2.4 アクティビストの「武器」:その威力と使い方

エフィッシモがその目的を達成するために使用する「武器」(手法)について、一般の読者向けに解説する。

 

【用語解説】大量保有報告書(5%ルール)

日本の金融商品取引法では、投資家が上場企業の株式を5%を超えて保有した場合、5営業日以内に、その保有目的や内訳を記載した「大量保有報告書」を関東財務局(金融庁)に提出する義務がある 8

これは通称「5%ルール」と呼ばれる。エフィッシモがこの報告書を提出すると、「エフィッシモがこの会社に目(介入)をつけた」という公式なシグナルとして市場に受け止められ、株価が変動するきっかけともなる。

 

【用語解説】株主提案

株主が、株主総会で議論・決議すべき議題(議案)を、自ら正式に提案する権利のこと 4。これは会社法で認められた株主の正当な権利であり、アクティビストにとって最も強力な「武器」の一つである。

エフィッシモは過去、日産車体に対して「定款(会社のルール)を変更し、取締役会議長を社外取締役にする」よう求める提案 4 や、東芝に対して「前年の株主総会の運営が適正だったか、独立した調査を行う」よう求める提案 4 を行い、後者では可決させている。

 

【用語解説】委任状争奪戦(プロキシー・ファイト)

株主総会において、特定の議案(例:エフィッシモが提案した「自らのパートナーを取締役に選任する」議案)をめぐり、その議案に「賛成」する提案株主(エフィッシモ)側と、「反対」する経営陣側が、他の一般株主(年金ファンドや個人投資家など)の支持を取り合う戦いのこと 11

一般株主は、総会に出席せずとも「委任状(プロキシー)」を提出することで議決権を行使できるため、双方が「私たちに議決権の行使を委任してください(=私たちに賛成票をください)」と、委任状の獲得を競い合うことから、「委任状争奪戦(プロキシー・ファイト)」と呼ばれる 11

 

【用語解説】クリーピング・テイクオーバー(忍び寄る買収)

Creeping(忍び寄る)Takeover(買収)という名の通り、市場で少しずつ、他の投資家や経営陣に気づかれないように株式を買い集め、段階的に保有比率を高めていく手法を指す 4

TOB(株式公開買付)のように一度に大量の株式取得を宣言するのではなく、時間をかけて静かに保有比率を高めることで、経営陣に揺さぶりをかける。エフィッシモは、川崎汽船に対してこの手法を用い、最終的に経営に極めて強い影響力を持つ比率まで株式を買い集めた 4

 

第3章:現在の主要保有ポートフォリオ(2024-2025年)

本章では、エフィッシモが現在(2025年時点の観測情報に基づき)どのような企業の株式を大量に保有しているかを、公開情報(大量保有報告書など)に基づいて整理する。

 

3.1 主要保有銘柄リスト

以下のテーブルは、エフィッシモが現在、日本のどの産業セクターに「非効率な経営」が残っていると見ているか、その「戦線」を一目で可視化するものである。

特に、海運、化学、輸送用機器、電気機器といった、日本の伝統的な製造業や重厚長大産業に深くコミットしていることがわかる。これらの企業は、しばしばPBRが低迷し、豊富な資産を抱えながらも変革が遅れていると見なされやすい典型的なターゲットである。

【表1】エフィッシモ・キャピタル・マネジメント 主要保有銘柄(2025年時点・観測情報)

 

投資先企業名

証券コード

業種

保有比率 (判明分)

主な動向・分析 (出典)

川崎汽船

9107

海運業

38.52%$(※)

2019年に取締役を派遣 4。経営に極めて強い影響力を持つ。2025年に買い増し報告 12

関東電化工業

4047

化学

19.83%

2025年9月時点で高い比率を維持 12

タムロン

7740

電気機器

13.06%

2025年10月に買い増し報告 12

太平洋工業

7250

輸送用機器

12.49%

2025年10月に買い増し報告 12。7月にはMBO(経営陣による買収)が発表されており [9]、その動向を注視。

帝人

3401

繊維・化学

12.12%

2025年10月に買い増し報告 12

ニデック

6594

電気機器

5%超保有 [9]

2024年1月時点で保有が言及されている [9, 13]。

JT

2914

食料品

保有の言及あり [9]

保有ポートフォリオの一つとして言及あり [9]。

 

3.2 ポートフォリオの分析とデータ解釈上の注意

(※) 川崎汽船の保有比率に関する分析と注意点:

川崎汽船に対する保有比率は、エフィッシモの活動を象徴するものである。2025年9月時点で38.52%という極めて高い比率が報告されている 12。

ただし、アクティビストファンドの保有比率は、資金の動向や戦略の変更によって常に変動する。例えば、2025年11月には、この比率が38.52%から36.46%へとわずかに減少(一部売却)したとの報告もある 13

また、エフィッシモは「ECM MF」(12.21%保有) 14 のような、複数の関連ファンド名義を通じて株式を分散保有している可能性も指摘されている。

これらの情報を総合すると、細かな比率の変動はありつつも、エフィッシモが川崎汽船に対して30%台後半という「支配的」とも言える比率の株式を継続的に保有し、経営への強い影響力を維持しているという事実に変わりはない。

 

第4章:日本市場を揺るがした主要介入事例(ケーススタディ)

本章では、エフィッシモが過去にどのような「戦い」を繰り広げ、日本企業と市場にどれほどのインパクトを与えたかを、3つの主要なケーススタディを通じて詳細に分析する。

 

4.1 ケース1:東芝(Toshiba) ― 日本のガバナンス史に残る「歴史的勝利」

エフィッシモの名を日本で一躍有名にし、その影響力を決定づけたのが、東芝との一連の攻防である。

  1. 発端(2020年):

まず、2020年7月の東芝の定時株主総会において、議決権の集計作業に不正があったのではないかという疑惑が浮上した 4。一部株主の議決権が、集計ミスによって無効として扱われた可能性が指摘された 4。

  1. エフィッシモの行動(2021年3月):

当時、東芝の筆頭株主であったエフィッシモは 4、この問題を徹底的に追及する。東芝が設置した内部調査委員会が「問題なし」と結論づけた 4 のに対し、エフィッシモは「総会運営の適正性について、独立した第三者による調査」を求める株主提案を提出した 4。

  1. 歴史的勝利(2021年3月臨時株主総会):

この株主提案は、東芝経営陣の意に反するものだったが、2021年3月の臨時株主総会で可決された。これは、日本を代表する大企業において、経営陣が反対する株主提案が可決された、極めて異例かつ画期的な出来事であり、日本のコーポレートガバナンス史における「歴史的勝利」と評されている 4。

  1. 経営の混乱と非公開化への道(2021年~2022年):

この可決を受けて実施された外部の弁護士による調査(独立調査)の結果、東芝の経営陣が、経済産業省と一体となって、エフィッシモを含む特定の株主に対して「不当な圧力」をかけていたことが暴露された 4。これにより経営の混乱は頂点に達し、経営陣の退陣へとつながった。

その後、経営再建をめぐり、東芝の経営陣が提案した「会社2分割案」について、エフィッシモは2022年3月の臨時株主総会で明確に「反対」した 5。その一方で、他の株主が提案した「非上場化(非公開化)の検討」を求める議案には「賛成」した 5

  1. 最終着地(TOBへの同意):

最終的にエフィッシモは、自らが主導して経営体制を刷新するのではなく、「出口」を選ぶ。2022年3月、米国の投資ファンドであるベインキャピタルが東芝に対してTOB(株式公開買付)を実施した場合、エフィッシモが保有する全株式(当時$9.90\%$)を応募(売却)する内容の確認書を、ベイン側と締結したことが明らかになった 5。

このエフィッシモの動きが、東芝が非公開化(最終的には日本産業パートナーズ=JIPによる買収)へと向かう大きな流れを決定づけた。

この一連のプロセスは、アクティビストによる「論理的なエスカレーション(段階的介入)」の好例である。まず「公正なルールの要求(総会調査)」という誰も反対できない正当な権利の行使から入り 4、そこで得た勝利(経営陣の不正の暴露)を「大義名分」として、経営陣が提案する小手先の再建案(2分割案) 5 を否定し、最終的に「経営体制の完全な刷新(=非公開化)」という最もラディカルな解決策 5 を支持し、自らの利益を確定(ベインへの売却合意 5)させるという、極めて巧妙な戦術的勝利であった。

 

4.2 ケース2:川崎汽船 ― 「クリーピング・テイクオーバー」による静かなる支配

東芝のケースが「劇場型」であったのに対し、川崎汽船の事例は「静かなる支配」と呼ぶべき、対照的なアプローチが取られた。

  1. 戦略(クリーピング・テイクオーバー):

攻防の始まりは、川崎汽船が2015年に「買収防衛策」を廃止した 4 直後にさかのぼる。エフィッシモは、この「無防備」となったタイミングを見逃さず、市場で静かに株式を買い集める「クリーピング・テイクオーバー」を開始した 4。

  1. 経緯(「3分の1」の掌握):

時間をかけて買い集めを続けた結果、2018年6月には、その保有比率が38.99%(当時)に達した 4。

この「38.99%」という数字には、決定的な意味がある。

日本の会社法では、株式の「3分の1」(33.4%)超を保有する株主は、株主総会における「特別決議」を単独で否決できる、強力な「拒否権」を手にすることになる 4。「特別決議」とは、M&A(合併・買収)、定款の変更、重要な資産の譲渡、会社の解散など、経営の根幹に関わる最重要事項を決定する手続きである。

  1. 結果(取締役の派遣):

つまりエフィッシモは、川崎汽船の経営陣が、エフィッシモの意に反する「重要な経営判断」を一切できなくする、という状況を法的に作り出した。

この圧倒的な「拒否権」を背景に、経営陣はエフィッシモの要求(対話)を無視することが不可能となった。結果として、川崎汽船は2019年6月、プロキシー・ファイト(委任状争奪戦)のような表立った「戦い」を経ることなく、エフィッシモのパートナーである内田龍平氏を社外取締役として受け入れるに至った 4

これは、エフィッシモが標榜する「長期保有」 3 スタイルの真骨頂である。時間をかけ(2015年~)、忍耐強く株式を買い集め、法的な「拒否権」という動かぬ証拠を突きつけることで、コストのかかる戦いをせずとも、経営中枢への「議席」を確保した。東芝とは対照的な、静かながらも完璧な戦略的勝利であった。

 

4.3 ケース3:学研ホールディングス ― 設立初期のアグレッシブな活動

学研ホールディングス(旧・学習研究社)に対する介入は、エフィッシモの設立初期(2008年~2009年)の活動様式を示す事例である 4

  1. 経緯:

2008年、エフィッシモは学研に対して「社長解任」を求める株主提案を提出 4。翌2009年には、学研が推進しようとしていた持株会社化に反対した 7。

  1. 結果:

この対立は最終的に、学研側がエフィッシモの保有する全株式(当時の筆頭株主であった19.81%、約48億円)を買い取るという形で和解が成立した 4。

  1. 分析:

この初期の事例は、「社長解任」といった直接的かつ敵対的な要求 7 であり、現在の「対話重視」「ガバナンス重視」といった洗練されたスタイル 3 とは趣が異なる。これは、彼らの「村上ファンドDNA」 3 がより色濃く表れていた時期の活動であり、ここから東芝や川崎汽船の事例に見られるような、より巧妙で長期的な戦略へと、彼ら自身が「進化した」ことを示す比較対象として重要である。

 

4.4 その他の注目事例(ジャパンディスプレイ、日産車体)

  • ジャパンディスプレイ(JDI):
    経営再建中であったJDIに対し、エフィッシモは第2位株主として関与 17。筆頭株主である官民ファンド(INCJ、旧産業革新機構)に対し、追加支援を渋る姿勢を見せていた台中3社連合との交渉の裏で、「物言う株主」として圧力をかける「触媒」の役割を果たし、最終的にINCJからの追加支援を引き出す一因となった 10。
  • 日産車体:
    2019年、エフィッシモは日産車体に対し、「取締役会議長は社外取締役とすること」や「指名委員会等設置会社への移行」といった、取締役会のガバナンス強化を求める株主提案を提出した 4。この提案自体は株主総会で否決されたものの、37.4%という極めて高い賛成率を獲得した 4。
    これは、アクティビストの戦術における「負けても勝つ」戦い方を示している。議案は否決されても、株主の3分の1以上が経営陣の現行方針に「ノー」を突き付けたという事実は、経営陣にとって無視できない強烈なプレッシャーとなり、その後の経営改善を(間接的に)促す効果を持つ。

 

第5章:エフィッシモが日本市場に与える影響(総括と評価)

本章では、エフィッシモの一連の活動が、日本企業や株式市場全体にどのような影響を与えているか、その功罪を分析・評価する。

5.1 肯定的な側面(市場への貢献)

  • ガバナンス改善の「起爆剤」:
    エフィッシモの活動は、日本企業の経営陣に「株主と真剣に向き合う」という緊張感をもたらしている 4。特に東芝の事例 4 は、長年にわたり「聖域」とされてきた大企業の経営中枢に対しても、株主の論理が通用することを示し、日本のコーポレートガバナンス改革を実質的に前進させる強力な原動力となっている。
  • 資本効率への意識改革:
    PBR1倍割れや過剰な現金を「問題」として公に指摘し、介入する 3 ことで、直接のターゲットとなっていない他の多くの日本企業に対しても、「株主への還元」や「効率的な資産活用」を意識させる強いプレッシャーとなっている。
  • 日本企業を理解した「インサイダー型」の強み:
    彼らの強みは、日本企業の慣習や文化を深く理解した日本人(今井氏ら)が 2、欧米の機関投資家から集めた巨額の資金 7 を背景に、長期的な視点 3 で交渉を進められる点にある 7。これは、日本市場の特殊性を理解せずに短期的な要求を繰り返す、一部の外国人アクティビストとの大きな違いである。

 

5.2 批判的な側面とリスク

一方で、エフィッシモの活動には、常に以下のような批判や懸念がつきまとう。

  • 経営の不安定化リスク:
    アクティビストの積極的な介入は、経営陣との対立を生み、企業統治の「ガバナンス不安定化」を招くリスク 7 と表裏一体である。東芝の事例 4 が示すように、経営の混乱が長期化する可能性もある。
  • 「短期的利益」への懸念:
    エフィッシモが標榜する「企業価値向上」が、必ずしも投資先企業の「持続的な成長」 7 と一致するとは限らない。「結局は、自らのファンドの利益(短期的な売却益)を優先した提案ではないか」 7 という懸念は、常につきまとう。
  • 意図や成果への賛否:
    その積極的な活動姿勢は評価される一方で、その真の意図や、介入がもたらした成果については、賛否が分かれているのが実情である 7。

 

5.3 アナリストによる総括評価:エフィッシモと日本企業の「新たな関係」

エフィッシモの近年の目覚ましい成功は、彼ら単独の力だけでなく、日本市場全体の大きな地殻変動と連動して考える必要がある。

現在、日本政府や東京証券取引所自身が、「スチュワードシップ・コード(機関投資家が企業との『対話』を通じて企業価値を高めるための行動規範)」の導入 7 や、「PBR1倍割れ企業への改善要請」 3 など、企業に対してガバナンス改革と資本効率の改善を「上から」強く求めている 3

エフィッシモが株主として「下から」突き上げる提案(例:不採算事業からの撤退、ガバナンス改善) 3 は、奇しくもこの「政府・市場の方針」と方向性が一致することが多い。

つまり、現在の日本企業の経営陣は、「政府・市場」と「エフィッシモ」という、二つの異なる方向から同じ内容の「改革」を同時に迫られる「挟み撃ち(ピンサー・ムーブメント)」の状態にある。

エフィッシモは、この日本市場全体の大きな変革の波 3 に巧みに乗り、その波をさらに加速させる「触媒」として、最も効果的に機能しているプレイヤーである。彼らは、旧村上ファンドが背負った「反逆児」や「ハゲタカ」といったネガティブなイメージを払拭し、日本政府が推進する改革の「パートナー」という(少なくとも建前上の)地位を確立することに成功している。

 

結論

エフィッシモ・キャピタル・マネジメントは、単なる「物言う株主」ではない。

彼らは、旧村上ファンドの失敗から「忍耐」と「大義名分」の重要性を学び、シンガポールという戦略的拠点から、日本企業のガバナンスの「本丸」に静かに、しかし深く食い込む「進化したアクティビスト」である。

東芝で見せた「劇場型」のガバナンス革命 4 と、川崎汽船で見せた「静かなる」支配権の掌握 4 は、彼らの戦術の幅広さと、その両方を成し遂げるだけの実行力を示している。

日本企業にとって、彼らは「厄介な株主」であると同時に、自社の非効率性を正し、グローバルスタンダードの経営へと脱皮するための「最も手厳しい(しかし、無視できない)鏡」を突きつける存在となっている。エフィッシモとの「対話」は、今後の日本企業にとって、避けては通れない経営課題であり続けるだろう。

引用文献

  1. エフィッシモ・キャピタル・マネージメント 転職・採用情報 | ファンド・M&A 金融転職のムービン, 11月 6, 2025にアクセス、 https://www.movin.co.jp/finance/company_list/hedge-fund/effissimo.html
  2. 11月 6, 2025にアクセス、 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E4%BA%95%E9%99%BD%E4%B8%80%E9%83%8E#:~:text=2002%E5%B9%B4%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%A4%A7%E5%AD%A6,%E3%82%92%E5%89%B5%E6%A5%AD%E3%80%81%E5%90%8C%E4%BB%A3%E8%A1%A8%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%80%82
  3. 【あなたがアクティビストファンドに入るには?】エフィッシモ ..., 11月 6, 2025にアクセス、 https://www.alpha-academy.com/courses/45/Knowhow/topics/13439
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