8件目。
世界で最も影響力のあるアクティビストといってもいいかなぁ。
最近だとソフトバンク買ってますかね。規模がでかいんだよな。
日本企業に投資するアクティビストをGeminiと紹介するシリーズです。
その他アクティビスとは?みたいなことも含めてこちらでまとめています。
それではさっそくいきましょう。
徹底解剖:エリオット・マネジメント
—「物言う株主」と「ハゲタカ」の二つの顔、その戦略と日本市場への影響—
エグゼクティブ・サマリー(本レポートの要点)
本レポートは、世界で最も影響力があり、同時に最も恐れられているアクティビスト・ファンド(物言う株主)の一つである「エリオット・マネジメント(Elliott Investment Management L.P.)」について、その実態を徹底的に解剖するものです。
エリオットの本質を理解する鍵は、彼らが「二つの顔」を持つことです。
第一の顔は、日本でも報じられる「物言う株主(アクティビスト)」としての顔です。ソフトバンクグループや東芝、直近では東京ガスといった日本企業の大株主となり 1、経営陣に自社株買いや事業売却といった「株主価値の向上」を強く要求します 1。
第二の顔は、より冷徹な「ディストレスト証券投資家」としての顔です。これは俗に「ハゲタカファンド(Vulture Fund)」とも呼ばれます。彼らは、経営破綻した企業や、債務不履行(デフォルト)に陥った国家の債券(借金)を二束三文で買い叩き 5、その後、アルゼンチン政府との事例のように、15年以上にわたる法廷闘争や国家資産(軍艦)の差し押さえといった、あらゆる法的手段を駆使して全額回収を図ります 6。
この一見異なる二つの戦略は、「徹底的なリサーチ力」と「法的・株主権利的な『圧力』を最後まで行使し続ける執着心」という共通点で結ばれています。
本レポートでは、まずエリオットという組織の概要と、彼らが用いる「アクティビズム」や「ディストレスト投資」といった中核戦略を、一般の読者にも分かりやすく解説します 5。続いて、彼らの「二つの顔」を象徴する世界的な代表事例(アルゼンチン政府、韓国サムスン)を深掘りします 7。
さらに、日本市場での活動(ソフトバンクグループ、東芝)を分析し 1、最後に、最新の保有状況(2024年〜2025年)として、日本の東京ガス株の大量保有 3 や、米国のIT大手HPEへの巨額投資 10、そして彼らのポートフォリオ全体から読み取れる市場への警戒感(弱気)について、専門的な分析を加えます 11。本レポートを通じて、この恐るべき投資ファンドが日本企業と市場に与える真の影響を明らかにします。
第1部:エリオット・マネジメントとは何者か?
1.1 創業者ポール・シンガー氏と設立の背景
エリオット・マネジメントは、1977年にポール・シンガー(Paul Singer)氏によって設立された、米国ニューヨークを拠点とする民間のヘッジファンド・スポンサーです 12。
特筆すべきはその歴史の長さです。1977年という設立時期は、現代のヘッジファンド業界において「老舗」と呼ぶにふさわしいものです 13。これは、1990年代後半のドットコム・バブル崩壊 14、2008年の世界金融危機、その後のゼロ金利政策、そして近年の高金利・インフレ時代まで、全く異なる複数の市場サイクルを45年以上にわたり生き抜き、利益を上げてきたことを意味します。この事実は、彼らの投資戦略が特定の市場環境に依存するものではなく、後述する「厳格なリスク管理」に基づいていることを強く示唆しています 8。
創業者であるポール・シンガー氏は、単なるファンドマネージャーとしてだけでなく、政治的・イデオロギー的にも著名な人物です。特に、米国共和党への多額の献金者として知られています 15。市場の規律と、特に「債権者(お金を貸した側)」の権利が絶対的に保護されるべきであるという強い信念は、彼の投資行動全体に貫かれており、特にアルゼンチン政府との15年にわたる法廷闘争 6 に色濃く反映されています。
彼らの活動はグローバルに展開されており、ニューヨーク本社のほか、日本の東京や香港にも事務所を構え、世界中の市場で投資機会を追求しています 12。
1.2 運用規模と投資哲学
エリオットは、世界でも最大級のヘッジファンドの一つです。2022年後半の報道によれば、その運用資産総額(AUM: Assets Under Management)は約560億ドル(当時のレートで約8兆円規模)に達します 13。
彼らの投資哲学の中心に据えられているのは、「厳格なリスク管理」です 8。潜在的なリターンと、それに伴うリスクのバランスを常に考慮し、不確実性の高い市場環境でも安定したパフォーマンスを追求することを目指しています 8。
ここで重要なのは、彼らのポートフォリオの二重構造です。運用総額(AUM)が約560億ドルであるのに対し 13、SEC(米国証券取引委員会)への報告(フォーム13F)で開示が義務付けられている米国の上場株式ポートフォリオの価値は、2025年第2四半期時点で約176億ドルです 11。
この約380億ドル(560億ドル - 176億ドル)もの巨額の「差額」こそが、エリオットの多様性を示しています。13Fファイリングは、基本的に米国の上場株式(買いポジション)しか開示しません。この差額の資金は、米国以外の株式(例:日本の東京ガス 3 や東芝 2)、非公開(プライベート)資産、不動産、そして最も重要と推察される**「債券(特に後述するディストレスト債券)」**(例:アルゼンチン国債 6)などに投じられています。
したがって、エリオットは「株式アクティビスト」として最も有名ですが、その実態は、株式、債券、為替、不動産など、あらゆる資産クラスに投資する「マルチストラテジー(多様な戦略)・ファンド」なのです 12。
1.3 [コラム] アクティビスト投資を理解するための必須用語
本レポートを読み解く上で必要不可欠な金融用語を、一般の読者向けに分かりやすく解説します。
- ヘッジファンド(Hedge Fund)
一般的な投資信託が市場全体(例:日経平均)の上昇と共に利益を出すことを目指すのに対し、ヘッジファンドは「市場が上がっても下がっても、どのような環境でも利益を追求する(絶対収益を目指す)」ことを目的とするファンドです。そのために、株式の「買い(ロング)」だけでなく「売り(ショート)」 16 や、債券、為替、商品など、あらゆる金融商品をあらゆる手法で取引します 12。 - アクティビスト(Activist / 物言う株主)
企業の株式を一定量(例:発行済株式の数%)取得し、その「株主」としての権利(議決権など)を積極的に行使して、投資先企業の経営陣に戦略の変更を迫る投資家のことです 4。
彼らの要求は多岐にわたりますが、代表的なものに「自社株買いの実施」 1、「配当金の増額」 4、「不採算事業の売却」、あるいは「経営陣や取締役の交代」 4 などがあります。これらの要求の最終目的は、低迷している企業価値(株価)を短期間で引き上げ、保有している株式を高値で売却して利益(キャピタルゲイン)を得ることです 4。 - ディストレスト証券投資(Distressed Securities Investing)
「ディストレス」とは「困窮」を意味します 5。つまり、ディストレスト証券とは、経営破綻寸前、あるいはすでに破綻してしまった企業の株式や債権(社債)のことを指します 5。
ディストレスト投資とは、これらの「紙くず」同然の価格まで暴落した証券を安値で買い集め、その後の経営再建や法的手続き(あるいは訴訟)によって価値が回復した(または回収できた)ところで売却し、莫大な利益(ハイリターン)を狙う投資手法です 5。当然、再建に失敗すれば投資した全額が損失となる(株式が文字通り紙くずとなる)可能性もあるため、ハイリスク・ハイリターンな投資とされます 5。
第2部:エリオットの二つの顔:主要な投資戦略
エリオットの強さの源泉は、大きく分けて二つの核心的なアプローチにあります 8。それが「アクティビスト戦略」と「ディストレスト証券投資」です。
2.1 戦略1:「物言う株主」としてのアクティビズム(表の顔)
これはエリオットの投資哲学において特に重要な役割を占める、いわば「表の顔」です 8。彼らは単に株式を保有する「物言わぬ株主」であることに満足せず、積極的に経営改善や戦略的な変更を推進することで、企業価値(=株価)の最大化を目指します 4。
その手法は、段階的かつ戦略的です。
- 分析と対話: まず、投資先企業の業績や市場価値を徹底的に分析し、問題点や改善の余地(非効率な経営、過剰な手元資金、不採算事業など)を詳細に見極めます 4。その上で、最初は経営陣や取締役会と「建設的な対話」を試みます 4。
- 公的な要求: 対話で進展が見られない、あるいは経営陣が要求を拒否した場合、彼らは要求を公にします。メディアを通じて声明を発表したり、他の株主に働きかけたりすることで世論を味方につけます 4。代表的な要求には、前述の通り「自社株買い」 1 や「増配」 4 といった株主還元策、あるいは「経営陣の交代要求」 4 や「取締役の選任」 17 があります。
- 圧力の行使: 最終段階として、株主総会での議決権を最大限に活用し、自らの要求を通すための株主提案や、会社側の提案(取締役選任など)に対する反対票の行使を通じて、企業に公然と圧力をかけます 4。
2.2 戦略2:「ディストレスト証券」投資(裏の顔)
これがエリオットのもう一つの核心戦略であり、彼らが「ハゲタカファンド」あるいは「バルチャー(Vulture)ファンド」と呼ばれる所以です 8。
前述の通り、この戦略は、破綻寸前の企業や、債務不履行(デフォルト)を起こした国家の債券(借金)を、額面の数分の一という非常に安価な価格で買い叩きます 5。その後、投資先企業の経営再建に深く関与する 5 か、あるいは(エリオットが特に得意とする)法廷闘争を通じて、債権者としての権利を最大限に行使し、元本の全額、あるいはそれ以上の回収を目指します。
ここで重要なのは、この「アクティビズム(株式)」と「ディストレスト(債券)」という二つの顔が、根底にある同じスキルセットによって支えられている点です。
一見すると、これらは「成長の可能性が残る企業への提言(アクティビズム)」と「破綻した資産の回収(ディストレスト)」であり、全く異なる戦略に見えます。しかし、その根底にある能力は同一です。
- 第一の共通点「徹底的なリサーチ力」: どちらの戦略も、資産(企業や債権)の「本来あるべき価値」と「現在の市場価格」との間に存在するギャップを見抜く、常軌を逸したレベルの徹底的な分析力(ファンダメンタルズ分析、法務分析)を必要とします 8。
- 第二の共通点「価値の『強制的』解放」: アクティビズムにおいて、そのギャップは「非効率な経営」によって生じています。ディストレスト投資では、「破綻という法的な混乱」によって生じています。エリオットの真の強みは、このギャップを見抜いた上で、**「法務(訴訟)」と「株主権利(議決権)」という二つの「圧力」**を駆使して、そのギャップ(=潜在的利益)を強制的に「解放」させる、容赦のない実行力にあるのです。
2.3 戦術の実行:プロキシーファイト(委任状争奪戦)とは?
アクティビズム戦略のクライマックスであり、エリオットが「圧力」を行使する際の具体的な戦術が「プロキシーファイト(Proxy Fight)」です。
- 定義: 「プロキシー(Proxy)」とは「委任状」を意味します 18。プロキシーファイトは、日本語で「委任状争奪戦」 18 とも訳されます。
- 内容: これは、株主総会において、特定の重要な議案(例:取締役の選任や解任 17、合併の承認 18 など)の可決または否決を目指すため、①現経営陣側と、②それに反対する株主(エリオットなど)側が、一般の株主から「議決権の行使を委任する」という委任状(プロキシー)を、どちらがより多く集められるかを競う「多数派工作」のことです 18。
- 目的: アクティビスト側がこの争奪戦に勝利すれば、経営陣の意向に反して自らが推薦する取締役を送り込んだり 17、経営陣の交代を実現したりすることが可能となり 17、株主主導の経営へと移行させることができます 17。
- プロセス: 争奪戦が始まると、双方が株主名簿を閲覧して他の株主を特定し 17、それぞれが自身の主張を記した委任状用紙を株主に送付し 17、電話や訪問、広告などあらゆる手段で自陣への投票(委任)を呼びかけ、株主総会当日まで委任状の回収を競います 17。
第3部:世界を揺るがした代表事例(グローバル編)
エリオットの名を世界に轟かせたのは、彼らの「二つの顔」を象徴する、国家や巨大財閥との容赦ない戦いでした。
3.1 [事例1:ディストレスト戦略] アルゼンチン政府との15年戦争
エリオットの「ディストレスト投資家(ハゲタカ)」としての側面を最も象徴する事例です。
- 発端(2001年): アルゼンチン政府が巨額の対外債務(借金)について、債務不履行(デフォルト)を宣言します。
- エリオットの戦略: デフォルト後、多くの債権者(投資家)は、アルゼンチン政府との交渉の末、元本の70%以上をカット(免除)するといった大幅な債務再編案を受け入れました。しかし、エリオット傘下のファンド(NML Capital)はこれを拒否 6。彼らは債務再編に応じない「ホールドアウト債権者(Holdout Creditor)」となり 6、「契約に基づき全額(+利子)を返済せよ」と求め、米国や英国の裁判所でアルゼンチン政府を提訴しました 7。
- 衝撃的な戦術(2012年): アルゼンチン政府が裁判所の支払い命令を長年にわたり無視し続けたため 7、エリオットは「アルゼンチンの国家資産」の差し押さえという実力行使に動きます。彼らはアルゼンチン海軍の練習帆船「ARAリベルタード号」の航行を追跡し、2012年10月、寄港先であるアフリカのガーナ共和国の港において、現地裁判所の命令に基づき同船を差し押さえるという、前代未聞の挙に出ました 7。
- 結果(2014年): この問題は国際的な法廷闘争に発展し、最終的に2014年、米国連邦最高裁判所はエリオット側の主張を全面的に認め、アルゼンチン政府に対して約13億3,000万ドルの支払いを命じる判決を下しました 7。
この一件は、エリオットの投資哲学を世界に知らしめました。第一に、2001年のデフォルトから10年以上にわたり法廷闘争を続けた「忍耐力」。第二に、国際法や海事法を駆使して一国の「主権」の象徴とも言える軍艦を差し押さえた「法的執着心」 7。この事例により、「エリオットを敵に回すと、たとえ相手が国家であっても、彼らは絶対に諦めず、法的に可能なあらゆる手段を使って、最後まで追い詰めてくる」という恐るべき評判が確立されました。
3.2 [事例2:アクティビスト戦略] 韓国サムスングループとの対立
この事例は、エリオットの「アクティビズム戦略」と、アルゼンチン事例で培った「(国家を相手取った)法務戦略」が融合したものです。
- 発端(2015年): 韓国最大の財閥であるサムスングループが、グループ内の中核企業「サムスン物産」と「第一毛織」の合併を発表します 9。
- エリオットの主張: 当時、サムスン物産の株式7.12%を保有していたエリオットは、この合併に猛反発します 9。彼らの主張は、「サムスン物産1株に対し第一毛織0.35株」という合併比率 9 は、サムスン物産の価値を不当に低く評価しており(保守的に見ても1対1.6以上だと主張 22)、サムスン物産の株主に著しく不利である、というものでした。
- 批判の核心: エリオットは、この不公正な合併の真の目的は、両社の企業価値向上ではなく、「(サムスン)オーナー一家の支配権継承(世襲)を円滑にするため」に過ぎないと強く批判しました 22。第一毛織の株を多く持つオーナー一家に、サムスン物産の価値が不当に移転される(その額は7.8兆ウォン=約7800億円超に上る)と指摘したのです 22。
- 結果(プロキシーファイトの敗北): エリオットは合併阻止を目指し、法廷闘争とプロキシーファイトを仕掛けます。しかし、両社の大株主であった韓国の「国民年金公団(NPS)」が合併に賛成票を投じたため、エリオットは株主総会で敗北し、合併は承認されました 9。
- その後の「逆転劇」(ISDS): しかし、ここで終わらないのがエリオットです。彼らは「韓国政府(保健福祉部)が、国民年金公団に不当な圧力をかけて合併に賛成させた」として、これは(米国投資家であるエリオットが不利益を被った)不法な行為であると主張。2018年、韓国政府そのものを相手取り、「投資家対国家間の紛争解決(ISDS)」手続きに基づき、常設仲裁裁判所(PCA)に7億7000万ドル(約1100億円)の損害賠償を求める仲裁を申し立てました 9。
- 最終的勝利: PCAはエリオットの主張の一部を認め、韓国政府(朴槿恵政権下の不当な介入があったとされた)に対し、約5,358万ドル(約76億円)の賠償金と、遅延利子および法律費用(約2890万ドル)の支払いを命じました 9。
このサムスン事例は、エリオットの戦略の恐るべき「融合」を示しています。彼らは、株主総会という「アクティビズム」の戦場(プロキシーファイト)で敗北しても 9、アルゼンチン事例で培った「国家を訴える」という「ディストレスト」的な法務戦術 9 にシームレスに切り替え、最終的に金銭的リターンを確保したのです。
第4部:日本市場における活動事例
エリオットの活動は、グローバル市場だけでなく、日本市場でも大きな注目を集めています。
4.1 [事例3] ソフトバンクグループへの二度にわたる「提言」
エリオットは、ソフトバンクグループ(SBG)に対して、二度にわたり主要株主として登場しています。
- 第1ラウンド(2020年〜2022年): エリオットは2020年にSBGの株式を大量に取得し、経営陣に対して巨額の自社株買い(最大200億ドル規模)とガバナンスの改善を要求しました 1。その後、SBGが実際に大規模な自社株買いを発表したことを受け、エリオットは2022年に保有株を売却したと報じられています 1。
- 第2ラウンド(2024年〜2025年): 2024年以降、エリオットは再びSBGの株式を大量に取得し、その投資額は20億ドル(約3100億円超)に上ると報じられました 1。
- 現在の要求: 今回も要求は一貫しています。再び「2兆円を超える規模の自社株買い」をSBGに働きかけているとされます 1。
一度売却したにもかかわらず、なぜ再投資したのでしょうか。これは、エリオットが「SBGの株価は、その保有資産(英アーム社など)の真の価値に比べて、著しく割安(ディスカウント)な状態が放置されている」という中核的な投資テーマが、2020年の自社株買い後も依然として解消されていない、と判断していることを示します。
彼らの一貫した「自社株買い」要求 1 は、SBGの経営陣(孫正義氏)が手元資金を新規投資に振り向けるよりも、まずは既存の株主の価値を高めること(割安に放置されている自社株を買うこと)を最優先すべきだ、という強烈なメッセージです。
4.2 [事例4] 東芝の混迷とエリオットの「建設的関与」
SBGへの対応とは異なる側面を見せたのが、東芝の事例です。
- 経緯: エリオットは2017年から東芝に投資していました 2。不正会計問題から続くガバナンス不全が露呈し、2021年6月の株主総会で永山治取締役会議長の再任が否決されるなど、東芝が「物言う株主」との対立で混迷を極めていた時期、エリオットは東芝株をさらに買い増し、保有比率を5%弱とする主要株主の一角となりました 2。
- エリオットの立ち位置: この時、SBGの時のように経営陣と敵対し、公に要求を突きつけるのではなく、エリオットは「ここ数カ月にわたる東芝との建設的な関与に満足している」との異例の声明を発表しました 2。
- 狙い: 彼らは東芝の潜在価値を1株6,000円と高く試算しており 2、経営陣が検討していた複数のプライベートエクイティ(PE)ファンドとの協議 2、すなわち「株式の非公開化(MBOや企業売却)」のプロセスを、水面下で後押しする「調整役」としての立場をとりました。
この二つの事例は、エリオットが単なる「攻撃者」ではないことを示しています。SBG事例では経営陣に要求を突きつける「敵対的」な側面を見せましたが、東芝事例では、混乱した経営陣を特定の方向(非公開化による価値の実現)に導く「支援者」あるいは「調整役」のような「建設的」な側面 2 を見せました。彼らは、状況に応じて最もリターンが高まる戦略(敵対、建設的関与、危機からの再建)を選択できる、極めて柔軟な戦略家であることがわかります。
第5部:エリオットの最新ポートフォリオ(2024-2025年)
エリオットは今、どこに注目しているのでしょうか。日本国内とグローバルの最新の動向を分析します。
5.1 [日本] 東京ガス株(9531)の大量保有(2024年11月)
2024年11月、エリオットが日本のインフラ企業に狙いを定めたことが大きなニュースとなりました。
- 事実: 2024年11月19日、エリオットは日本の関東財務局に「大量保有報告書」を提出し、東京ガス株式会社(銘柄コード:9531)の株式を5.03%保有していることが判明しました 3。
- 保有目的: 報告書に記載された保有目的は「投資。なお、状況等に応じ、発行会社及び/又はその関係会社との間で議論を行い、又はこれらに対して重要提案行為等を行うこと。」というものです 3。
この「お決まりの文句」には、深い意味が隠されています。保有目的の「投資」という部分は、単なる受動的な保有を意味します。しかし、その後に続く「状況等に応じ、...重要提案行為等を行うこと。」 3 という一文こそが、アクティビストとしての本命のメッセージです。これは、「我々はいつでも株主として要求(提案)を行う準備がある」という宣言であり、東京ガスの経営陣に対する「宣戦布告」前の最後通牒とも解釈できます。
なぜ東京ガスか。一般に、電力・ガスといった公益企業(ユーティリティ)は、規制に守られ経営が安定している反面、非効率な事業運営や、PBR(株価純資産倍率)の低い「割安」な株価が放置されがちです。エリオットは、この「安定性」と「非効率性(割安)」のギャップに目を付け、株主還元の強化(増配や自社株買い)や、保有する不採算な資産・事業の整理を求めてくる可能性が極めて高いと考えられます。日本の伝統的なインフラ企業にアクティビストの矛先が向かった点で、非常に象徴的な投資と言えます。
5.2 [グローバル] HPE(ヒューレット・パッカード)への大型投資(2025年)
グローバル市場では、米国の老舗IT大手に狙いを定めています。
- 事実: 2025年4月、エリオットが米国のIT大手ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)の株式を15億ドル(約2300億円)以上取得し、株主上位5社に入ったと報じられました 10。
- 投資の背景: この投資の背景には、HPEの深刻な「出遅れ」があります 24。
- 業績不振: 現在のAIブームでサーバーやネットワーク機器の需要が世界的に急増しているにもかかわらず、HPEは競合他社(Dellなど)ほどその恩恵を受けられていません 24。
- 株価低迷: 利益率の低迷や「実行上の問題」 24 が嫌気され、株価は年初来で33%も下落していました 24。
- エリオットの狙い: 報道されている目的は、「(HPEと関わりを持ち)その価値向上を支援する計画」であると伝えられています 24。
これは、アクティビスト投資の最も古典的(王道)なパターンです。
- 市場(AIサーバー)は成長している。
- しかしターゲット企業(HPE)は失敗している 24。
- その原因は経営陣の「実行上の問題」や「利益率の低迷」にある 24。
エリオットの論理は明快です。「会社が持つ技術や市場は良い。経営(マネジメント)が悪い。経営さえ入れ替えれば、この会社は復活できる」というものです。「支援する」 24 という言葉は、東芝の時(2)と同様の「建設的」な響きを持ちますが、HPEの経営陣がエリオットの要求(例:大規模なコストカット、事業売却、あるいはCEOの交代)を受け入れなければ、即座に「プロキシーファイト(委任状争奪戦)」に発展する可能性を秘めた、両義的な言葉です。
5.3 [全体] 13Fファイリングから読み解くエリオットの「現在地」
最後に、エリオットのポートフォリオ全体(2025年第2四半期末時点)から、彼らのマクロ経済に対する考え方を読み解きます。
- データソース: 米国証券取引委員会(SEC)に提出された、2025年Q2(4-6月期)末時点の「フォーム13F」保有報告書 11 に基づき、エリオットのポートフォリオ(米国上場株)を分析します。
- 特徴1:高い集中度: ポートフォリオの上位10銘柄だけで、全体の**82.57%**を占めています 11。これは、幅広く分散投資する一般的な投資信託とは真逆です。彼らが「これだ」と確信した少数の銘柄に巨額の資金を集中投下する、「高確信度(High Conviction)」の投資スタイルであることを示しています。
- 特徴2:市場全体への警戒感(ヘッジ): ポートフォリオには、S&P 500(SPY)、ナスダック100(QQQ)、NVIDIA(NVDA)、半導体ETF(SMH)の**「プット・オプション(Put)」**が大量に含まれています 11。
- 用語解説:プット・オプションとは? 「将来、特定の価格で“売る権利”」のことです。株価が下落すると利益が出る金融商品であり、主に「下落に備える保険(ヘッジ)」や「積極的な空売り(下落狙い)」のために使われます。
- 読み取れる戦略:「バーベル戦略」
2025年Q2時点の彼らの戦略は、両端に重りがある「バーベル戦略」と呼べるものです。
- 片方の重り(強気): Phillips 66(石油精製)、Suncor Energy(石油)、Triple Flag(貴金属)といった、インフレや実体経済の混乱に強い「エネルギー・コモディティ(資源)」関連の株式を大量に保有しています 11。
- もう片方の重り(弱気): AIブームで過熱する「ハイテク・半導体セクター(NVDA, SMH)」や「市場全体(SPY, QQQ)」に対しては、プット・オプションで下落に備えています 11。
これは、創業者ポール・シンガー氏が2022年に「(安価な資金調達の時代の終わりによる)並外れた金融の極端な状況」と、市場が最大50%調整する可能性を警告していたことと 13、見事に一致します。
結論として、彼らは、個別の企業(HPEや東京ガス)をアクティビズムで「攻め」つつ、マクロ経済(市場全体)については非常に「慎重(弱気)」な姿勢をとっていることが、データから明確に読み取れます。
表:エリオット・マネジメントの主要保有銘柄(2025年Q2末時点)
(出典:SEC提出 13Fファイリングデータ 11 に基づき作成)
|
順位 |
銘柄名 |
ティッカー |
投資対象 |
保有形態 |
ポートフォリオ比率 |
|
1 |
Triple Flag Precious Metal |
TFPM |
貴金属 |
株式 |
17.81% |
|
2 |
Phillips 66 |
PSX |
エネルギー(石油精製) |
株式 |
12.90% |
|
3 |
Suncor Energy Inc |
SU |
エネルギー(石油) |
株式 |
11.08% |
|
4 |
Southwest Airlines Co |
LUV |
航空 |
株式 |
9.27% |
|
5 |
SPDR S&P 500 ETF |
SPY |
株価指数(米国) |
プット・オプション |
7.50% |
|
6 |
Invesco QQQ Trust |
QQQ |
株価指数(ハイテク) |
プット・オプション |
6.20% |
|
7 |
Pinterest Inc |
PINS |
IT(SNS) |
株式 |
5.64% |
|
8 |
iShares Russell 1000 Value |
IWD |
株価指数(バリュー株) |
プット・オプション |
5.46% |
|
- |
NVIDIA Corporation |
NVDA |
半導体 |
プット・オプション |
2.29% |
|
- |
Hewlett Packard Enterprise |
HPE |
IT(ハードウェア) |
株式 |
(2.17%) |
第6部:結論:エリオット・マネジメントが市場に与える影響
6.1 「最強の矛」の功罪:批判と論争
エリオット・マネジメントのようなアクティビスト・ファンドの存在は、市場にとって「功(プラス面)」と「罪(マイナス面)」の両方を持ち合わせます。
- 功(プラス面): アクティビストは、株主の利益を軽視する「ワンマン経営」 17 や、非効率な経営を続ける経営陣に対する、最も強力な「規律(ディシプリン)」として機能します。彼らは、企業が溜め込んだ「贅肉(不採算事業や過剰な現金)」をそぎ落とし、企業価値の最大化 8 を強制することで、結果として一般の株主にも利益をもたらす側面があります 8。
- 罪(マイナス面): 一方で、その手法は「攻撃的」であり 8、短期的な株価上昇(例:過度な自社株買い 4 や増配)を追求するあまり、企業が本来行うべき長期的な研究開発(R&D)や設備投資、人材育成といった「未来への投資」を犠牲にしているのではないか、という「短期的志向(ショートターミズム)」の批判が常に付きまといます 8。
6.2 日本企業にとっての示唆:アクティビストとどう向き合うべきか
かつて日本企業は、株式の「持ち合い」や、物言わぬ安定株主に守られ、アクティビストの標的になりにくいとされてきました。しかし、その時代は完全に終わりました。
エリオットによる東芝(2)、ソフトバンクグループ(1)、そしてついには東京ガス(3)といった、日本を代表する大企業やインフラ企業への投資は、もはや日本市場に「聖域」がないことを示しています。
エリオットだけでなく、2025年5月にマネックス・アクティビスト・ファンドが大日本印刷(DNP)に対して株主提案(社外取締役の選任)を行う 28 など、国内外のファンドによる日本企業への「物言う」活動は、急速に活発化しています。
日本の企業の経営陣は、もはや「物言わぬ株主」の存在に甘えることは許されません。エリオットのようなファンドと、対等に「建設的な対話」(8)ができるだけの強固な経営戦略と財務規律、そしてIR(投資家向け広報)能力を持つことが、現代のグローバル市場で生き残るための必須条件となっています。
彼らの存在は、日本企業が真の「コーポレート・ガバナンス改革」を断行するための、最も強力な「外圧」であると言えるでしょう。
引用文献
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- 物言う投資家エリオット、東芝株保有率引き上げ「価値を確信」 | M&A Online, 11月 6, 2025にアクセス、 https://maonline.jp/articles/reuters_toshiba-elliot-1002
- エリオット・インベストメント・マネージメント・エルピー(Elliott Investment Management L.P.)が東京瓦斯株式会社<9531>株式の大量保有報告書を提出 - M&A Online, 11月 6, 2025にアクセス、 https://maonline.jp/kabuhoyu/sh-s100umdq
- アクティビストファンドが企業経営を変える!知られざる仕組みと ..., 11月 6, 2025にアクセス、 https://www.kotora.jp/c/55052/
- ディストレス投資とはどのようなものでしょうか? | 株式会社 ..., 11月 6, 2025にアクセス、 https://www.extend-ma.co.jp/faq/distressed-investment/
- アルゼンチンのデフォルト懸念と 国際金融市場への影響, 11月 6, 2025にアクセス、 https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/mhri/research/pdf/insight/us140718.pdf
- Elliot Management: The Hedge Fund That Foreclosed on a Warship | The Motley Fool, 11月 6, 2025にアクセス、 https://www.fool.com/investing/general/2015/08/04/elliot-management-the-hedge-fund-that-foreclosed-o.aspx
- エリオット・マネジメントの実績と影響力 | 富裕層向け資産運用のすべて, 11月 6, 2025にアクセス、 https://hedgefund-direct.co.jp/column/hedgefund/elliott-investment-management/
- PCA「韓国政府、エリオットに5358万ドル賠償」…請求額の ..., 11月 6, 2025にアクセス、 https://japanese.joins.com/jarticle/305722?ref=mobile
- 米エリオット、ヒューレット株15億ドル強を保有=関係筋 - ニューズウィーク, 11月 6, 2025にアクセス、 https://www.newsweekjapan.jp/headlines/business/2025/04/546969.php
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- わかりやすい用語集 解説:プロキシーファイト(ぷろきしーふぁ ..., 11月 6, 2025にアクセス、 https://www.smd-am.co.jp/glossary/YST1636/
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